小田原の古い建物を探して街歩き 2
- 2020/11/14
- 06:27
「小田原宿なりわい交流館」でお茶を頂き、ひと休みしてます。

市内の名所旧跡などたくさんの種類のパンフレットがおかれています。自分のように時々小田原をぶらぶらする人間にとって必須のお役立ちアイテムです。年中無休、入館料無料。11月~3月 10時~18時。4月~10月 10時~19時。

裏手に回ってみます。2Fは地元の情報発信、生涯学習、各種イベントの会場として利用されています。
1号線を箱根方面にに向かいます。

「済生堂薬局小西本店」です。この店舗は平成14年8月21日に登録有形文化財に登録されています。小西薬局は、江戸時代初期より薬種商を営んできた老舗です。建物は関東大震災で倒壊した明治時代の旧店舗の材料を一部用いて大正14年頃に完成したと伝えられています。現在の店舗は重厚な造りであった旧店舗の風格を継承しています。

薬研(やげん、薬材などをひいて粉末化したり、磨り潰して汁を作ったりするための伝統的器具)や秤、乳鉢、古い写真などが展示されています。

「メガネのアイザワ」(旧相澤時計店)です。今まで見てきた和風建築と趣が違うのでのっけるか迷いましたが、アップします。昭和4年(1924年)に建てられました。当初は時計店とあって、上部の〇の部分に時計がはめられていたという話もあります。壁面にいろんなレリーフがあったようですが、その後塗り替えられているようですね。
洋風つながりで近くに、

「SIBATA SYŌTEN 」の文字が見える看板建築がすらっと建っています。前回も見ているんで調べたんですが、詳しいことは分かりません。もうご商売はやってないようですね。3連の窓と両端の化粧柱がしゃれてます。

箱根物産問屋の「星屋商店」です。窮屈な写真ですが、正面からは逆光でうまく撮れません。今回市内をあちこち回ってみたんですが、普通の古い民家も共通する特徴がありました。この写真の様に屋根というか庇(ひさし)というか、そのようなものが何重にも取り付けられていました。建築様式にはド素人で詳しいことは分かりませんが、上の写真は屋根2+庇2と勘定するんでしょうかね。それとも屋根4とカウントするのでしょうか。

近くの八百屋さん「ヤオタメ」は大正10年(0921年)創業の老舗青果卸売店ですが、似たような構造ですね。隣の片野呉服店は大正14年(1925年)築の看板建築だったんですが、見逃してしまいました。

かまぼこ通りに戻ってきました。このお宅も似た構造です。隣に立派な蔵がありました、珍しい。2階にある手摺のあるベランダ風の構造物や、前面の格子が古い建物では多く見られますね。

小田原かまぼこ有名店の隣のお宅も同じような構造です。昭和の時代、小田原ではこのような構造の建物が定番だったんでしょうか。

なりわい交流館の隣に大正12年築の古民家を改築した「鯵壱北條」があります。鯵醤油ラーメンが人気で、どんぶりの代わりに木桶を使ってます。常に数人の方が並んでました。

珍しい建物ではないですが「呉服店」の昔ながらの名前にひかれてパチッとしました。後で調べたら、創業160年の老舗の呉服店でした。染め織り館として店内では、絹織物を作る工程が展示説明されています。小田原手ぬぐいも創作発売されています。
駅までの帰り道に「国際通り」を通りましたが、ほとんどシャッターが下りていて人通りも少ないですね。隣の「銀座通り」もそうだったんですが、近年小田原駅前に観光客が集中し、駅から離れたふつの通りは閑散としています。

最後に写真に撮ったのがこの(有)ストウの建物でした。創業120年の老舗で、内部のホールで葬儀が執り行われます。

小田原にも観光客がすこしづつ戻り始めたんですが、新型コロナの第3波が懸念されています。秋の紅葉シーズンで出かけたいんだけど・・ダメかな、迷います。今まで通りいかないなあ。駅構内で小田原名物をお土産に買い帰路につきました。今日は大きくて重たい古いカメラとレンズを使いましたが、スナップ写真には不向きですね。今使っている小さくて軽いミラーレスが一番だ。小田原市発行のパンフレットを参考にしました。
(撮影2020.11.11)

市内の名所旧跡などたくさんの種類のパンフレットがおかれています。自分のように時々小田原をぶらぶらする人間にとって必須のお役立ちアイテムです。年中無休、入館料無料。11月~3月 10時~18時。4月~10月 10時~19時。

裏手に回ってみます。2Fは地元の情報発信、生涯学習、各種イベントの会場として利用されています。
1号線を箱根方面にに向かいます。

「済生堂薬局小西本店」です。この店舗は平成14年8月21日に登録有形文化財に登録されています。小西薬局は、江戸時代初期より薬種商を営んできた老舗です。建物は関東大震災で倒壊した明治時代の旧店舗の材料を一部用いて大正14年頃に完成したと伝えられています。現在の店舗は重厚な造りであった旧店舗の風格を継承しています。

薬研(やげん、薬材などをひいて粉末化したり、磨り潰して汁を作ったりするための伝統的器具)や秤、乳鉢、古い写真などが展示されています。

「メガネのアイザワ」(旧相澤時計店)です。今まで見てきた和風建築と趣が違うのでのっけるか迷いましたが、アップします。昭和4年(1924年)に建てられました。当初は時計店とあって、上部の〇の部分に時計がはめられていたという話もあります。壁面にいろんなレリーフがあったようですが、その後塗り替えられているようですね。
洋風つながりで近くに、

「SIBATA SYŌTEN 」の文字が見える看板建築がすらっと建っています。前回も見ているんで調べたんですが、詳しいことは分かりません。もうご商売はやってないようですね。3連の窓と両端の化粧柱がしゃれてます。

箱根物産問屋の「星屋商店」です。窮屈な写真ですが、正面からは逆光でうまく撮れません。今回市内をあちこち回ってみたんですが、普通の古い民家も共通する特徴がありました。この写真の様に屋根というか庇(ひさし)というか、そのようなものが何重にも取り付けられていました。建築様式にはド素人で詳しいことは分かりませんが、上の写真は屋根2+庇2と勘定するんでしょうかね。それとも屋根4とカウントするのでしょうか。

近くの八百屋さん「ヤオタメ」は大正10年(0921年)創業の老舗青果卸売店ですが、似たような構造ですね。隣の片野呉服店は大正14年(1925年)築の看板建築だったんですが、見逃してしまいました。

かまぼこ通りに戻ってきました。このお宅も似た構造です。隣に立派な蔵がありました、珍しい。2階にある手摺のあるベランダ風の構造物や、前面の格子が古い建物では多く見られますね。

小田原かまぼこ有名店の隣のお宅も同じような構造です。昭和の時代、小田原ではこのような構造の建物が定番だったんでしょうか。

なりわい交流館の隣に大正12年築の古民家を改築した「鯵壱北條」があります。鯵醤油ラーメンが人気で、どんぶりの代わりに木桶を使ってます。常に数人の方が並んでました。

珍しい建物ではないですが「呉服店」の昔ながらの名前にひかれてパチッとしました。後で調べたら、創業160年の老舗の呉服店でした。染め織り館として店内では、絹織物を作る工程が展示説明されています。小田原手ぬぐいも創作発売されています。
駅までの帰り道に「国際通り」を通りましたが、ほとんどシャッターが下りていて人通りも少ないですね。隣の「銀座通り」もそうだったんですが、近年小田原駅前に観光客が集中し、駅から離れたふつの通りは閑散としています。

最後に写真に撮ったのがこの(有)ストウの建物でした。創業120年の老舗で、内部のホールで葬儀が執り行われます。

小田原にも観光客がすこしづつ戻り始めたんですが、新型コロナの第3波が懸念されています。秋の紅葉シーズンで出かけたいんだけど・・ダメかな、迷います。今まで通りいかないなあ。駅構内で小田原名物をお土産に買い帰路につきました。今日は大きくて重たい古いカメラとレンズを使いましたが、スナップ写真には不向きですね。今使っている小さくて軽いミラーレスが一番だ。小田原市発行のパンフレットを参考にしました。
(撮影2020.11.11)
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