晴れたらいいね

no photo no life

スイングジャーナル休刊

今日の朝刊にとっても関心のある記事が二つあった。

ひとつはジャズピアニストのハンク・ジョーンズが亡くなった事。あの有名なジョーンズ3兄弟(ハンク、サッド、エルヴィン)の長兄です。派手さはないですが、美しいタッチと 堅実なプレイが魅力でした。高齢にもかかわらず、毎日の練習を欠かしたことがないまじめなジャズメンでした。

もうひとつはジャズ専門誌「スイングジャーナル」が6月19日の7月号で休刊することになった。これ読んであ~やっぱりなという感想です。この雑誌にはひとしお感慨深いものがあります。発行部数がピークから相当落ちていたんだろうな。

学生時代にジャズに夢中になり、この雑誌にはほんとお世話になりました。その頃定期的に購読していたのはこのスイングジャーナルと平凡パンチ。評論家のレコードレビューをむさぼるように読んで勉強。自分にとってはジャズ入門の先生でした。あのくらい一生懸命学校の勉強してたらなあ・・・。ジャズ初心者の自分にとって高名な評論家先生のご意見は絶対的なもので、先生がダメだといえば聞くに値しないと思ってたもんね。下宿の部屋の壁いっぱいに特典のピンナップ写真を貼って眺めてました。

その頃の評論家先生といえば、

油井正一、野口久光、粟村政昭、岩浪洋三、瀬川昌久、相倉久人、悠雅彦・・・。忘れてならないのがコラムを書いていた植草甚一。そして名編集長の児山紀芳。(敬称略)おおらかでやさしかった油井さん。常に厳しい評価をしていた粟村さん。すでに故人になられた方も。

当時はジョン・コルトレーンが亡くなったばかりで、ジャズファンの絶対的な存在で、コルトレーンにあらずんばジャズにあらず・・なんて雰囲気に満ち溢れてました。アート・ブレーキーの「モーニン」やデイヴ・ブルーベックの「テイクファイブ」でジャズの門戸を開いた自分のような者にとって、そんなコルトレーン信奉者の前では口が裂けてもブレーキーのジャズがいいなんて言えなかった。当時、ブレーキーファンなんていったら「このトーシローが!」と白い目で見られたもんです。ジャズ喫茶でコルトレーンのわけの分かんないジャズを聴きながら、深刻ぶって瞑想し、終始腕組みをしていた連中の姿を今でも忘れられない。

社会人になってからも毎月買い続けたスイングジャーナル誌もいつしか止めちゃったし、ジャズ喫茶(桜木町ダウンビート)からも次第に足が遠のいていった。でもレコードやCDで今日までジャズは聴き続けてます。当時わけの分かんなかったコルトレーンのジャズも今聴けばなんてことはないです。時の流れは人間を変え、成長させます。

あれほど溜め込んだスイングジャーナルも手元には一冊も残っていません。

あるのはこれだけ。

2010051901.jpg

創刊25周年記念臨時増刊「世界ジャズ人名事典」1971年スイング・ジャーナル社。

スイングジャーナルはわが青春のバイブルでした。でもあの頃のことを思い出すことは今はほとんどない。



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  1. 2010/05/18(火) 19:25:10|
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